古事記の最初の一行に名の現れる神。天地が初めて分かれたとき、高天原に成った最初の柱である。
続いて高御産巣日神・神産巣日神が成り、この三柱を造化三神という。いずれも独神——対を持たずに単独で成り、成るとすぐに身を隠した。
天之御中主神には、事績が一つも無い。生まれた記述の直後に身を隠し、以後の物語に二度と現れない。
名は「天のまん中を領する主」の意である。中心にあって、動かず、何もしない。**世界の中心は空である**という感覚が、日本神話の最初の一行に置かれている。
古代においてこの柱を祀る社はほとんど無かった。中世以降、北極星を神格化した妙見信仰と結び付き、また伊勢神道や吉田神道が根源神として重んじたことで、後世になって信仰が広がった。
**神話で最も古い神が、信仰としては最も新しい**という逆転が起きている。名だけが千年以上残り、あとから中身が与えられた柱である。
宇宙の中心、根源。単独の社は少ないが、水天宮の祭神として広く祀られ、千葉神社をはじめ妙見信仰の社にも祀られる。
何の属性も見いだせない一本。焼けても濡れてもおらず、ねじれても朽ちてもおらず、大きくも小さくもない棒。
当局はこの柱を、**どの見立ても当てはまらなかったとき**に降ろす。久久能智神が「ただの木」の柱であるのに対し、この柱は「何とも言えない」の柱である。稀にしか出ないのは、当局が特徴を見いだせない棒がそれだけ少ないからである。
※この節は当局による解釈であり、記紀の記述ではありません。
発行済みの鑑定書のうち、この柱が宿った割合。鑑定が増えるたびに変動する。表記のゆれは名寄せしたうえで合算している。
この柱を宿した公開中の鑑定書は、まだない。