出雲の肥河の上流に現れた大蛇。古事記は、その目は赤かがち(ほおずき)のようで、一つの身に八つの頭と八つの尾があり、体には苔と檜と杉が生え、その長さは八つの谷と八つの峰にわたり、腹はいつも血に爛れていた、と記す。
毎年やって来ては、足名椎・手名椎の娘を一人ずつ食っていた。八人いた娘のうち、最後に残ったのが櫛名田比売である。
この柱は当局の神名帳において唯一、**荒魂**に分類される。祀られる神ではなく、鎮められた側の存在である。
ただし日本の神観では、荒ぶるものと祀られるものは断絶していない。荒魂は和魂の反対ではなく、同じ力の別の相である。斬られた大蛇の尾から神器が出てきたことは、この存在が単なる悪ではなかったことを示している。
八岐大蛇を、氾濫する斐伊川そのものと読む説は古くからある。八つの頭は分流、赤い目と爛れた腹は上流の砂鉄が川床を赤く染める様、毎年娘を食うのは毎年の水害——という対応である。
この読みが正しいかどうかは決着していない。ただ、**斬った尾から鉄の剣が出てくる**という筋は、砂鉄を産する土地の物語として無理がない。
水害、災厄、そして退治されることによって現れる宝。島根県の八重垣神社・須我神社は退治後の須佐之男命と櫛名田比売に所縁が深く、大蛇そのものを祀る社は多くない。
退治された側が主役の社を持たないのは自然だが、それでも名だけは千年以上残っている。
尋常でない一本。異様にねじれた枝、複数に分かれて絡み合った棒、蔓が巻き付いたまま固まった木、見たときに一瞬たじろぐ形。
当局はこの柱を、**整った美しさから最も遠い**棒に降ろす。須佐之男命が荒れた棒に宿るとすれば、この柱はその先——荒れているだけでなく、どこか正しくない形をした一本である。
※この節は当局による解釈であり、記紀の記述ではありません。
発行済みの鑑定書のうち、この柱が宿った割合。鑑定が増えるたびに変動する。表記のゆれは名寄せしたうえで合算している。
この柱を宿した公開中の鑑定書は、まだない。