伊邪那岐命が黄泉の穢れを濯ぐ禊の最後、左の目を洗ったときに生まれた。右の目からは月読命、鼻からは須佐之男命が生まれ、この三柱を三貴子という。
伊邪那岐命は天照大御神に高天原を治めるよう命じ、首にかけていた御倉板挙之神の珠の緒を授けた。
弟・須佐之男命の乱暴に耐えかね、天岩屋戸に隠れると、高天原も葦原中国も闇に閉ざされ、あらゆる災いが一斉に起こった。
八百万の神は天安河原に集まり、常世の長鳴鳥を鳴かせ、八咫鏡と八尺瓊勾玉を掛けた榊を立て、天宇受売命が舞った。神々の笑い声を訝しんで戸をわずかに開けたところを、天手力男神が引き出している。
光は失われたのではなく、隠れていた。この一節が語るのはそれである。
須佐之男命が高天原へ上ってきたとき、天照大御神は弟が国を奪いに来たと疑い、髪を解いて男の装いに結い、弓を構えて迎えた。
疑いを晴らすため、二柱は天安河を挟んで誓約を行う。天照大御神が弟の剣を噛み砕いて吹き出した霧から三柱の女神が、須佐之男命が姉の勾玉を噛んで吹き出した霧から五柱の男神が生まれた。この五柱のうちの一柱、天忍穂耳命の子が邇邇芸命である。
太陽。伊勢神宮内宮(皇大神宮)に祀られ、御神体は八咫鏡である。
三種の神器のうち鏡は、この柱が孫の邇邇芸命に授け、「これを我が御魂として、我を拝むように斎き祀れ」と告げたものと伝わる。
光を返す一本。乾いて白く晒された棒、樹皮が剥がれて内側の木肌が露わになった枝、日向に長く置かれて色の抜けた木。
当局が見るのは明度そのものではなく、返す力である。黒く湿った棒に光は宿らない。手に取ったとき、どこかが光っていること——それがこの柱の条件である。
※この節は当局による解釈であり、記紀の記述ではありません。
発行済みの鑑定書のうち、この柱が宿った割合。鑑定が増えるたびに変動する。表記のゆれは名寄せしたうえで合算している。
この柱を宿した公開中の鑑定書は、まだない。