火の神を産んで焼かれ、苦しむ伊邪那美命の身から、いくつもの神が生まれた。嘔吐からは金山毘古神・金山毘売神、屎からは波邇夜須毘古神・波邇夜須毘売神、尿からは弥都波能売神と和久産巣日神。
埴安神=波邇夜須の二柱は、そのうち土から生まれた柱である。
「埴(はに)」は粘土のこと。土器を焼き、埴輪を作り、壁を塗る——人が最初に手で形を与えた物質である。
この柱が死の苦しみの中から、しかも汚穢から生まれたことには意味がある。日本神話は、最も低いところから最も基本的な材料が生まれると語っている。
波邇夜須毘古神と波邇夜須毘売神は男女一対で生まれている。古事記では対で現れる神が少なくないが、土の神が対であることには意味がある。
粘土は一方だけでは器にならない。捏ねる手と受ける土、成す力と成される材——その両方が揃ってはじめて形になる。
土と粘土。陶器・土木・農地の神として、各地の陶祖を祀る社や土の神を祀る社に見られる。田の土を司る柱として、農耕儀礼にも現れる。
土を扱う仕事は、掘る・盛る・焼く・塗るのいずれも、地面を一度壊してから作り直す行為である。この柱が伊邪那美命の身から生まれたことと、その性質は無関係ではない。壊れたものから作るのが、土の仕事なのである。
泥にまみれた一本。土に半ば埋もれていた棒、乾いた泥がこびりついた枝、地面と同じ色に染まった木。
当局は洗ってから鑑定しない。付着した土もまたその棒の履歴であり、埴安神はまさにそこに宿る。根に近い部分、地中にあった側の一本は、この柱を強く招く。
※この節は当局による解釈であり、記紀の記述ではありません。
発行済みの鑑定書のうち、この柱が宿った割合。鑑定が増えるたびに変動する。表記のゆれは名寄せしたうえで合算している。
この柱を宿した公開中の鑑定書は、まだない。