伊邪那岐命と伊邪那美命の神生みで生まれた山の神。名は「大いなる山の霊」の意で、日本の山そのものを統べる柱である。
須佐之男命に娶られた櫛名田比売の家系にも、天孫に嫁いだ木花之佐久夜毘売にも、この柱の血が入っている。神話の主要な系譜のほとんどが、どこかで山を経由している。
邇邇芸命が木花之佐久夜毘売を望んだとき、大山津見神は姉の石長比売も添えて差し出した。ところが邇邇芸命は醜い石長比売を送り返してしまう。
大山津見神は言った——石長比売を留めれば天孫の命は岩のように永く、木花之佐久夜毘売を留めれば木の花のように栄える。両方を差し出したのに片方を返したのだから、これより天孫の命は木の花のように儚くなるだろう、と。人が死ぬようになった由来として語られる一節である。
山、そして山に属するすべて。愛媛県今治市の大三島に鎮座する大山祇神社が総本社で、全国の三島神社・山神社に祀られる。海に浮かぶ島に山の神の総本社があるのは、瀬戸内の海運を担った氏族がこの柱を奉じたためとされる。
記紀の大山津見神は男神である。一方、民間の山の神は女神とされることが多く、山に入る者はそれに応じた禁忌を守ってきた。
同じ「山の神」という語のもとに、書かれた神話と土地の信仰が並んで伝わっている。当局が扱うのは記紀の柱だが、山で拾われた棒の背後には、書かれなかった方の山の神もいる。
山で拾われた一本。ただし当局がこの柱を降ろすのは、種類ではなく風格による。
太く、重く、長く——手に持って明らかに存在感のある棒。細い枝がどれほど整っていてもこの柱は宿らない。山の神が宿るのは、山の一部を持ち帰ったと感じられる大きさの一本である。
※この節は当局による解釈であり、記紀の記述ではありません。
発行済みの鑑定書のうち、この柱が宿った割合。鑑定が増えるたびに変動する。表記のゆれは名寄せしたうえで合算している。