神世七代の最後に、伊邪那岐命と対で成った神。天の浮橋に立ち、天沼矛で海をかき混ぜて淤能碁呂島を作り、そこに降りて国を生み、神を生んだ。
日本列島そのものを産んだ柱である。だが最後に火の神・迦具土神を産んだとき、身を焼かれて死ぬ。生むことがそのまま死につながる、という筋がここに置かれている。
伊邪那岐命は妻を連れ戻そうと黄泉の国へ下る。伊邪那美命は「黄泉の食物を口にしてしまったが、黄泉の神と相談する。その間、決して私を見ないでほしい」と告げて奥へ入った。
待ちきれなくなった伊邪那岐命は、櫛の歯を折って火を灯し、中を見てしまう。そこにあったのは蛆がたかり雷が生じた姿だった。恥をかかされた伊邪那美命は、黄泉醜女を放って夫を追わせる。
黄泉比良坂まで逃げた伊邪那岐命は、千人がかりでなければ動かせない岩で坂を塞いだ。岩を挟んで、二柱は離縁の言葉を交わす。
伊邪那美命が「あなたの国の人を一日に千人絞め殺す」と言うと、伊邪那岐命は「ならば一日に千五百の産屋を建てよう」と答えた。**これが人が死に、そして人が生まれることの由来として語られる。** 日本神話は、死の起源と生の起源を同じ一つの会話の中に置いている。
生成と死。三重県熊野市の花窟神社は伊邪那美命の葬所と伝わり、島根県の揖夜神社や比婆山にも所縁が残る。島根県松江市の黄泉比良坂とされる場所には、今も塞の岩が祀られている。
産む神が死の国の神になる——この柱は日本神話における最も大きな反転である。
朽ちかけた一本。表面が黒く変色した棒、内部が空洞になりかけた枝、湿って土に還りかけている木。
当局はこの柱を、終わりつつある棒に降ろす。ただし完全に崩れたものは鑑定に堪えない。**まだ形を保ちながら、明らかに戻れないところまで来ている一本**——それがこの柱の領分である。
※この節は当局による解釈であり、記紀の記述ではありません。
発行済みの鑑定書のうち、この柱が宿った割合。鑑定が増えるたびに変動する。表記のゆれは名寄せしたうえで合算している。
この柱を宿した公開中の鑑定書は、まだない。