伊邪那岐命が迦具土神を斬ったとき、剣の柄に集まった血が指の間から漏れ出て生まれた柱。古事記は闇淤加美神・闇御津羽神と記し、別に高淤加美神の名も見える。
「高」は山の上、「闇」は谷を指すとされ、この柱は山上に降る雨と、谷間を流れる水の両方を司る。
「オカミ」は古語で龍蛇を意味するとされる。この柱は雨を降らせ、また止める力を持つ。
日照りには黒毛の馬を、長雨には白毛の馬を捧げて祈った記録が残る。のちに生きた馬の代わりに板へ馬を描いて奉じたものが、絵馬の起源とされる。
高淤加美神と闇淤加美神が同じ柱の別の側面なのか、別の柱なのかは古来議論がある。
当局はこれを同一の柱として名寄せする。山の上に降る雨と谷を流れる水は、位置が違うだけの同じ水だからである。分けて数えるほうが、かえって水の性質から遠い。
雨と水源。京都の貴船神社が高淤加美神を祀り、水を司る社として朝廷の祈雨・止雨の祭祀を受けてきた。奈良の丹生川上神社も同じ役割を担う。
水源を押さえる社は、下流のすべてを押さえることになる。貴船が都の水源にあたる位置に鎮座しているのは偶然ではない。この柱への祈りは、雨そのものではなく、雨の行き先を含めて祈るものだった。
濡れた一本、あるいは水を含んだ棒。雨上がりに拾われた枝、苔の生えた木、沢のそばで見つかった一本。
綿津見神が海と潮の柱であるのに対し、この柱は落ちてくる水と湧く水の柱である。同じ水属性でも、当局は出自で分ける——流れの終わりにあった棒には綿津見神、始まりにあった棒には淤加美神。
※この節は当局による解釈であり、記紀の記述ではありません。
発行済みの鑑定書のうち、この柱が宿った割合。鑑定が増えるたびに変動する。表記のゆれは名寄せしたうえで合算している。
この柱を宿した公開中の鑑定書は、まだない。