須佐之男命の子孫にあたる国津神の代表格。大穴牟遅神・葦原色許男神・八千矛神・宇都志国玉神など多くの名を持ち、名の数がそのままこの柱の物語の多さを表している。
記紀の神々のなかで、最も多くの試練を受け、最も多く死んで、最も多く生き返った柱である。
八十神とともに稲羽へ向かう道中、皮を剥がれて泣いている兎に出会う。兎は和邇を欺いて海を渡ろうとして皮を剥がれ、先に通った八十神には塩水で洗って風に当たれと教えられ、いっそう苦しんでいた。
大穴牟遅神は真水で洗い、蒲の穂の上に転がるよう教えた。兎は癒え、この方が八上比売を得るだろうと告げた。**兄たちが与えたのは正しそうに見える助言で、この柱が与えたのは実際に効く手当てだった**という差が、そのまま物語の主題になっている。
八十神は焼けた大岩を猪と偽って転がし落とし、この柱を焼き殺した。母の嘆きで生き返ると、今度は木に挟んで殺した。二度目も生き返った。
須佐之男命のいる根の国へ逃れると、蛇の室・呉公と蜂の室・野火という試練が課される。娘の須勢理毘売の助けと鼠の教えで切り抜け、須佐之男命の大刀と弓矢と天詔琴を持って逃げた。追ってきた須佐之男命は、黄泉比良坂から「その大刀と弓で八十神を追い払い、大国主神となれ」と呼ばわった。名を与えたのは、殺そうとした側の神である。
少彦名神とともに国を作り固めた。少彦名神が常世へ去ったあとは、海を照らして寄り来た神を御諸山に祀って国造りを続けた。
のちに高天原から国を求められ、子の事代主神と建御名方神の返答を経てこれを譲る。条件として、天の御舎のごとき壮大な宮を建てることを求めた——それが出雲大社である。
国土、縁結び、医薬。島根県の出雲大社を本社とし、全国の出雲社・大国主社に祀られる。旧暦十月に全国の神々が出雲に集まるとされ、出雲では神在月、他の地では神無月と呼ぶ。
傷の多い一本。折れた跡が塞がった枝、割れながら繋がっている棒、一度は死んだように見えて形を保っている木。
当局はこの柱を、損なわれてなお成立している棒に降ろす。二度殺されて二度生き返り、名を変えながら国を造った柱である。無傷の棒には宿らない。
※この節は当局による解釈であり、記紀の記述ではありません。
発行済みの鑑定書のうち、この柱が宿った割合。鑑定が増えるたびに変動する。表記のゆれは名寄せしたうえで合算している。